三沢光晴さん急死に海外のファンやレスラーからも哀悼の意が相次ぐ
2代目タイガーマスク三沢光晴、マットに眠る ― プロレスリング・ノアの選手兼社長として活躍中だった三沢光晴さんが、13日午後、試合中に相手の技により頭部を強打し、救急車で病院に運ばれましたが死亡が確認され、帰らぬ人となりました。
6月18日の誕生日を目前に控えた享年46歳の早すぎる死でした。
日本のプロレスは、海外の格闘技ファンの中では、もはや「puroresu」という言葉が浸透するほど広がりをみせており、中でも「ミサワ」は生きる伝説として人気のある選手だっただけに、その早すぎる死は海外のメディアやブログでも衝撃と悲しみをもって伝えられています。
昨年からNOAHに参戦中のクリス・ヒーロー選手は、彼のTwitterアカウントで、
Shocked beyond belief. Never been thru anything like this. Doesn’t feel real.
意訳:信じられないほどの衝撃を受けている。まさかこんなことが起こるとは。今はとても現実として受け止められない。
もしかしたら、このつぶやきが海外に伝えられた第一報だったかもしれません。
次に親日家のプロレスラーとして何度も来日しているクリス・ジェリコ選手のコメントが、こちらに掲載されています。
「私の最も大好きなプロレスラーの一人であるミサワ選手は、まぎれもなく本当のウォーリアーでした。彼のファイティングスピリットと、偉大な人間性は、長い間私たちの記憶に留められるでしょう。」
また、カナダのスポーツ専門メディア「SLAM Sports」は「伝説の日本人プロレスラー三沢、リングに死す」と題したこちらの記事で
1990年代の最も優れたプロレスラーとして知られている三沢光晴選手が、プロレスリング・ノアの試合中に斎藤彰俊選手からのバックドロップを受けて亡くなった。享年46歳だった。
さらに、この記事ではタイガーマスクとしてデビューした頃の生い立ちから、その後、プロレス界に残した功績など、非常に長い文章で紹介されています。
次に、英国の大衆紙「ザ・サン」で報じられたこちらの記事に対して、海外の格闘技ファンからコメントが寄せられているので紹介します。
少なくともこれだけは言える。彼は自分が愛するプロレスの最中に亡くなったのだと。
これまで日本のプロレスを追いかけてきた私にとって、橋本真也選手が亡くなったときと同じくらい大きな衝撃を受けている。三沢選手のご冥福を祈ります。
大変ショックだ。彼は間違いなく史上最高のプロレスラーだった。
このブログでは、あまり個人的な意見を事を書くのは控えているのですが、、、
R35世代の自分にとって、子供のころにTVで見た2代目タイガーマスクは間違いなくヒーローの一人でした。当時の男の子なら誰でも経験があると思いますが、友達や兄弟が集まってプロレスのTV中継で興奮した後は、みんながタイガーマスクになったつもりでプロレスごっこをよくしたものです。
屈強な外国人レスラーを相手に連戦連勝するタイガーマスクは、いまの子どもたちにとってのイチローや中田ヒデに匹敵するものがあったのではないでしょうか。
自らマスクを抜いて三沢選手となった後も(その転機となった試合は今でもハッキリ覚えています)、応援してきましたが、ここ最近ではTV中継も減って、直接試合をみる機会がありませんでした。
ですが、ダブルアームから繰り出される三沢バージョンのタイガードライバーは、最も危険で、それでいて最も美しい技として自分の記憶から消えることはないと思います。
三沢選手のご冥福を心よりお祈りいたします。










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